あの、合同誌を出させていただくにあたって、ちょこちょこ書いてたやぎかなを放出してみます。
ひとまず時間が無いのでブログに。
時間が出来たらテキストにカテゴリ増やそうと思います。
無駄に甘酸っぱい感じなんすけど、この二人ほんと好きですわああ・・・
というわけでもしよろしければ続きよりどうぞ!
「ねえ、ニア」
かなでは隣でカメラを覗きこんでいる友人に少しだけ遠慮気味に話しかけた。
彼女は少し屈めていた首を気だるそうに持ち上げてその視線をかなでに向けた。
その仕草は緩慢で知らない人から見れば嫌そうに見えるかもしれないが、そうではないことをかなでは知っている。
この猫みたいに気まぐれでわかりにくい、でも実はわかりやすい友人がかなでは大好きだった。
「なんだ、どうした。話しかけておいて何も言わないとはどういうことだ?」
ニアの方を見てにこにことただ笑うだけのかなでに少しだけ怪訝そうにニアは問うた。
ああそうだった話しかけてたんだったと思い出してかなでは慌ててその口を開く。
カタンとニアがカメラを置く音とかなでの声とが重なった。
「あのね、八木沢さんの妹さんってどんな人なんだろうね」
そして、それきり二人の周りは音が無くなった。
かなでは小さく首を傾げてニアを見る。
ニアの表情からは何も読み取れない、だがかなでは黙ったまま待っていた。
開いた窓から初秋の風が入ってきて、二人の髪を揺らす。
その気持ちよさにかなでは目を細めた。
「ああ、至誠館の部長には妹がいたのか」
結局沈黙の長さはどれぐらいだっただろうか風で流れた髪を指でかきあげながらゆっくりとニアが口を開く。
かなでは風に向けていた意識をニアに戻してうんと頷く。
「あれ、ニア知らなかったんだ」
「聞いたような気がするがそれほど興味がなかったから忘れていた」
「はは、ニアらしいね」
悪びれもせず言い放ったニアにかなでは一つ笑みを投げた。
「それで?何故いきなりそんなことが気になったんだ?」
「何でって、あのね」
自分から話を振ったのにいざ話すとなると少しばかり照れくさい。
ちらちらと動くかなでの視線を捉えたニアが目だけで促した。
その視線によしとかなではぐっと口元を引き締めて話し始めた。
「私たち、遠距離恋愛になったでしょ?」
ニアは黙って頷く。
「でも、八木沢さん、電話とかメールとか結構くれるの。あんまり好きじゃないって言ってたのに」
ふふとかなでは笑う。
ニアは何も言わない。かなでの話が終わるまで何も言わないつもりなのだろう。
そう感じたかなではニアの言葉を待つことなく続けた。
「すごく嬉しくて、受験勉強とかあるのに息抜きですとか言ってくれて。
それで、いろんなこと話してくれるの。学校のこととか、仙台のこととか、新くんや火積さんのこととか。
たくさん。それでね、時々電話口の向こうで聞こえるの」
その時のことを思い出してふふとかなでは笑って続けた。
「お兄ちゃんこれ教えてとか、ご飯だよ、とか。それに八木沢さん私に断った後で律儀に答えててね。
ああ、お兄ちゃんなんだなあとか思ったりしたの」
かなでは言葉を切った。
ニアはそれで終わりなのかと小さく眉を上げる。
それに対してかなでは曖昧に笑った。
「ごめんね、ニア。言いたいことわからないよね」
「ああ、よくわからないな。時折声が聞こえてきた妹がどんなのか知りたいということか?」
まあさっきの自分の言いかただとそう解釈するしかないだろう。
かなでは違うよと首を振ってまた口を開いた。
「なんかね、その妹さんたちに話す口調が私と話す口調とちょっと似てるっていうかね」
「だが、妹に敬語は使わんだろう?」
「あ、うん、そうだね。八木沢さん私には敬語だけど妹さん達にはもちろん違うよ。
そうだなー、うん、新くんたちに話すのよりもちょっとだけ柔らかい感じかな」
「それならば全然違うだろうに。なぜそう思ったんだ?」
もっともな疑問をニアが口にする。
かなでとて明確にこの言い方がとかこの時がとか言えるわけではないが、
「そうなんだけどね、なんて言うか私ってそういう風に見てもらえているのかなあと思って」
「そう言う風とは?」
「彼女ってこと」
照れが交って少しだけぶっきらぼうになる。
それをニアが面白そうに見て、笑った。
「笑うことないじゃない。結構真面目に悩んでるのに」
「悪い、悪い。だがな。いや、やめておこう」
「何?気になるよ、言って?」
「一つ提案をしてやろう」
かなでの疑問の答えとは思えない応答が返ってきた。
かなでは少しだけ口を尖らすが、ニアに勝てるはずもないと諦めて、彼女を促した。
「何?提案って」
「今度電話をした時に、至誠館の部長をお兄ちゃんと呼んでみろ」
「え?何それ…」
「まあだまされたと思って言ってみろ。それでまだ悩むようならまた話に来い」
ニアはそう言い放つと置いていたカメラを再び手に取った。
カチカチと操作をし始めたニアにかなではもう何も言えなかった。
「もう、ニアってば」
そうぽつりと呟いた言葉にニアの反応はなくただ風が一吹き二人の間を通り抜けた。
「ニアがああ言ってたけど、呼べるわけないよね。絶対おかしな子だと思われるし」
自室に戻ったかなでは独り言をぶつぶつと言いながらベッドの上にどさりと座った。
まだ宿題が残っていたことを思い出したが、どうにもやる気ならない。
明日の朝、響也に見せて貰おうかなと都合の良いことを考えながら体をそのままベッドへと横たえた。
別に突然ニアにあんなことを相談したわけではない。
ずっと、というか以前から気にかかっていたことだった。
自分が八木沢の彼女であるというのは動かない事実だ。
それは疑ってはいない。
だが、何だか八木沢は自分のことをどうにも子供扱いしているような、そんな気が時折していた。
思い込みなのかもしれない。
第一、男女の付き合い自体が初めてのかなではどれが当たり前なのかさえわかっていない。
もしかしたらこれは一般的なのかもしれない。
「うーん、でもそんなわけないよね」
再びぽつりと呟いて、自棄気味にうーんと大きく伸びをする。
ぼんやりしてるから考えてしまうんだ。
よし、仕方ない宿題でもしようかと起き上がった瞬間、携帯電話がけたたましく鳴り始めた。
その音にびくりと肩を揺らしたかなでは一瞬何の事かわからないような表情を浮かべた後、慌てて鳴っている電話に手を伸ばす。
発信者を確認して更に急いで通話ボタンを押した。
「もしもし!」
「こんばんは、小日向さん。今、大丈夫ですか?」
穏やかな声が耳元で聞こえてかなでの胸がどきりと高鳴った。
ほんの二日ほど前に聞いたばかりなのに、ひどく久しぶりなような気がして自分がこれほど彼の声を聞きたかったのかと改めて驚く。
「もしもし?小日向さん?大丈夫ですか?」
なかなか返事をしないかなでに心配そうな八木沢の声が届いた。
「あ、いえ、大丈夫です。すみません」
慌てて答えるとほっとしたように良かったと返ってきた。
それからいつものように何でもない他愛もない話をする。
電話の回数は多いが、一回の時間は短い。
八木沢は大丈夫だと言うが、かなではやはり遠慮が先にきてどうにも長くは話せない。
「それでは、また電話しますね」
「はい、私もします」
いつも通り終わりに近くなる時の言葉をお互いに紡ぐ。
かなでは寂しさが溢れそうになる胸をどうにか押し込めて返事をしていた。
「あ、小日向さん。そろそろ朝晩は寒くなってきましたので風邪などひかないように気をつけてくださいね。
あなたは少しだけ薄着の傾向がありますから、ちゃんと上着を羽織って下さい」
そう、こういうのが気になるのだ。
八木沢の言葉にそう感じながらかなではニアから言われたことを思い出していた。
言えるわけないと思ってたけど。
「わかりました、お兄ちゃん」
かなでの中の面白くないと思う感情が知らず知らずに口を動かしていた。
はっとかなでが気付いた時にはその言葉はもう電波に乗って、八木沢の耳へと届いていた。
ああ、今のはなしです!
そう言いたかったがなかなか言葉にならない。
どうしようかとあたふたと一人で焦っていたら、逆に電話の向こうから焦った声が聞こえてきた。
「い、今小日向さんなんて言いましたか?僕の聞き間違いじゃなければ、僕のことお兄ちゃんとそう呼びましたか?」
「え、いや、あの」
「確か、小日向さんにはお兄さんはいらっしゃらないはず、ですよね?」
「そ、そうなんですけど、今のはえっと…」
「僕のこと、もしかしてそう感じていた、ということですか?あの、僕はあなたの恋人ではなかったのでしょうか?」
八木沢の妙に切羽詰まった声にかなではどうしたらいいかわからなくなってきた。
こんな風に彼を困らせたかったわけではないのに。
そう思ったら、ちゃんと言おうと決心がついた。
小さく深呼吸をして口を開く。
「あの、すみません。違うんです。
なんていうか、私が勝手に八木沢さんに子供扱いされてるなと思っちゃって。
さっきのとか。それで、ついつい意地悪というか、あの、口走ってしまったというか。
私は八木沢さんのことそういう風になんてこれっぽっちも思ってません。
私にとって八木沢さんは大切な彼氏ですから」
途中少しつっかえたが何とか最後まで言うことが出来た。
どうしようか、これで伝わっただろうかとドキドキしながら八木沢の言葉を待つ。
「はあ、あなたという人は、本当に…」
呆れたような声が聞こえてかなではどうしようもない気持ちになる。
しまったと思えど自分が蒔いてしまった種だ。仕方がない。
「心臓に悪い。僕はてっきり僕だけがそういう関係だと思い込んでいたのかと思ってしまいました。
あなたにきちんと恋人になってくださいと言ったつもりだったのにと」
「八木沢さん?」
「あなたに僕が子供扱いしていると思われていたのなら僕の落ち度です。
でも、僕はあなたの近くにいられない。だから、ほんの些細なことでも言いたかった。
口うるさい兄のように」
「ち、違います。あの、心配してくれるのは嬉しいのですが、えっと」
ふふと八木沢は電話口で笑う。
「だけど、誤解は解いておきたい。僕はあなたのことを妹の様には少しも思ってません。
一人の女性として想いを寄せているのです」
「あ、はい、えっと」
唐突な愛の言葉にかなでは面食らったように何も言えなくなった。
誤解などすっかり空の彼方へと飛んでいった。
ただ、今はこの穏やかな声の優しい人がすごく好きだとそれだけが胸の中にあった。
「これからは気をつけないと駄目ですね。すみませんでした」
穏やかに言う。
「いえ!あの、こちらこそすみませんでした」
「一瞬本当に焦りました。でも、良かった。言ってもらえなかったらきっと僕は気付けなかったかもしれない」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
「ということは結果オーライということですね」
「はは、そう、ですね」
緊張が解けたのか、力が途端に抜ける。
滑り落ちそうになる電話を慌てて握りなおして小さく笑った。
「誤解が解けたところで今日はこの辺にしましょうか。また電話します」
「はい!私も電話しますし、メールもします!」
「ふふ、ありがとうございます。それでは、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
一瞬だけ逡巡して電話を切った。
はあと大きくため息をついて再びばさりとベッドに体を投げ出した。
ニアってば。
くすくすとかなでは一人笑う。
明日、アイスでも奢ってあげようかなと考えながら唐突に襲ってきた眠気に目を閉じた。
意識を手放す直前、宿題してないと思ったがまあいいやとそのまま心地よい眠りにおちていった。
(終)